政治とか時事問題ね。
私はこれでブログをやめました、ってことが何度か。(閉鎖癖?)
かつてヲタ日記サイトのくせにやたらそっち系の記事を混ぜてた人にオフで、「お前の政治信条に興味はない。さっさと分けるか消すかしろ」という趣旨のことを言ったことがありますが、(そのせいかどうかは知りませんが近頃はmixiに引きこもっているようです)そういう歴史的事実(笑)を踏まえると宗旨替えと言えるのかもしれませんが。
でっていう。
今回は(次回は今のところ予定していません)欽ちゃん逮捕についての話です。
私も株いじってる端くれなのでそれなりに馴染みはあります。
(と言っても、会ったことあるとかいうことではなく、たまたま買った銘柄が
ライブドア証券と村上ファンドが大量保有してるとこで、動向が気になったりしただけですが)
村上や堀江が捕まってはしゃぎまわって喜んでいる人は多いようです。
ニートは働かないから死ねと言いつつ、株で利益を上げて財産を築くというやり方は許せないようで、まあつまるところ周り全員が(自分と同じように!)奴隷的労働者として生きることを望んでいるのでしょう。
別にかまいませんが。それも一つの考え方です。
(自分の向上をはかるより人の足をすくうほうが楽しいでしょうしね)
しかし気になるのはこの一連の騒動が指し示すもののほうです。
というのも、堀江逮捕から今まででも、粉飾決算や明らかにインサイダーと思われる取引は後を絶ちません。(例を挙げればNECや蝶理、USENなど)
それでも一向に立件される気配はありません。
USENのようなあからさまなケースでも。(もっとも、地検が今捜査してるのかも知れませんが。堀江、村上にしても去年のことで挙げられているので。)
それはつまり、立件は当局の機嫌次第。目立つ奴だけ標的に。
ということなのではないでしょうか。
地検は結局堀江を自白させることはできませんでした。それをもって彼を無罪と言うには語弊はあるでしょうが、彼を追い詰める証拠を出せなかったのは事実です。
その失態を世間から忘れさせようとするかのような、今回の村上逮捕。
地検を作戦の失敗を先への進軍で埋めようとして泥沼にはまっていった関東軍にたとえた報道がありましたがいいえて妙かもしれません。
この一連の騒動が規制緩和の別の意味を考えるきっかけになるのではとも思います。
規制緩和によって法で規制されない領域は増えたけれども、そこを取り締まるのは(しかも恣意的に!)官だったと。
では規制緩和とは結局のところ箱庭に過ぎず、官の権力の及ぶ領域はまったく減ぜられていない(そしてそのことを勘違いした者は塀の中に押し込まれる)のかもしれません。
昔とある大学の試験を受けた際、その問題文が末弘厳太郎の『嘘の効用』で、官における杓子定規について語ったものでした。
個人的な感情として杓子定規を憎むのはわからないこともないですが、法治国家を自認する以上(そうでないなら別ですが)法の運用に当局の感情や功名心を差し挟むべきではないと、そう強く思います。
まとまらないので以上。
posted by えみゅ at 04:39| 東京 ☁|
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